「日本の公害の原点」 を日光の山で目の当たりにする・・・・2010/5/16 社山

2010/5/16 奥日光の社山へ

 

阿世潟峠に上り南の足尾側を見下ろすと

 

そこにはハゲ山!

 

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鉱害と足尾銅山

足尾銅山で生産された銅は、全国産出量の40%を超え、日本1の銅山として日本の産業発展に大きな貢献をした反面、日本で初めて公害が社会問題になったところとして「公害の原点」とも言われるようになりました!

 

 

阿世潟峠から社山(1827m)に登り黒檜岳側を覗くと

 


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ササで覆われた丘陵状の地形が

 

元来は黒檜岳の頂上付近と同じく樹林帯であった

 

それが足尾銅山の煙害で丸裸になったのだ!

 

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明治18年(1885年)10月31日の下野(しもつけ)新聞は

足尾銅山周辺の山の木が前年頃から枯れ始めていることを報じていた。

煙害 (銅を精錬する際に発生する亜硫酸ガス)を疑う最初の報道だった!

 

田中正造氏の環境保護運動が始まるのである


 

 

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足尾銅山精錬所からの亜硫酸ガスの排出は

足尾周辺の山々の木を広範囲に枯らした!

 


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亜硫酸ガスの排出は戦後も続けられ

ガス除去設備が完成したのは昭和31年(1956年)のことだった!

 

昭和48年(1973年)足尾銅山は閉山となった!

 


緑を失った山々は2,500ヘクタールにも及び

国や県による植林が現在も続けられている

 

足尾の植林活動に尽力した立松和平氏は今年2月他界した

故人の志を継ぎ環境回復に微力を尽くしたい

 

元通りの樹林帯に戻るのはいつのことであろうか?


 


 

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