日光開山の祖 勝道上人【しょうどうしょうにん】所縁の地を歩く

2009/1/18 日光歴史探訪



勝道上人は奈良時代735年(天平7年)4月21日

母の故郷である高岡の郷(現在の栃木県真岡市)でお生まれになったと伝えられている





勝道上人28歳のとき(761年(天平宝字5年))、下野薬師寺(栃木県安国寺)で僧侶となり法名を厳朝と言い

後に勝道と改める



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766年(天平神護2年)3月、勝道上人32歳のとき大谷川の激流を神仏の加護を受けて渡り(現在の神橋)日光に入る



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山内地区に草葺きの小屋を建て、毎朝、礼拝石に座り、二荒山(男体山)の霊峰を拝しておりました



ある日、いつものように霊峰を拝していると、背後から紫の雲が立ち昇り悠々と大空に舞い上がって東北方面に吸い込まれました

勝道上人はこの壮厳なる風景に心を打たれ、

その地点(紫雲石)に

お堂を建て「紫雲立寺【しうんりゅうじ】」と名づけたのが現在の「四本竜寺【しほんりゅうじ】」と伝えられている



1200年以上になる日光山の歴史のはじまりである



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翌年の767年(神護景雲元年)、大谷川の北岸に二荒山大神(本宮神社【ほんぐうじんじゃ】)をまつり、二荒山(男体山)の頂上を極めようと登山しますが、山道は険しく登っていくほど残雪があり霧が行く手をさえぎり、前に進むことができませんでした



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それから15年後、平安時代に移り782年(天応2年)勝道上人48歳の春、苦難のすえ、遂に二荒山(男体山)の頂上にたつ

その地に二荒山大神を拝し祠(奥宮【おくみや】)を祀った  



816年(弘仁7年)4月、82歳の高齢で再び二荒山頂に登られたのち三社権現【さんしゃごんげん】の社を建立し

翌817年(弘仁8年)3月1日、山岳宗教に捧げた一生を閉じました



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荼毘に付した場所には開山堂が建っている

堂内には室町時代の作といわれる木造の本尊地蔵菩薩と勝道上人の坐像が安置されている





開山堂の裏には、勝道上人の墓所が


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四本竜寺・本宮神社は神橋から直ぐの処にあるにも拘わらず訪れる人も少なくオススメ・スポットです♪

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