葛老山(かつろうやま)を抜きにして栃木県北部の歴史を語ることはできない

2008/12/14葛老山(1124m)に登る



「葛老山(戸板山)の崩壊」
天和3年(1683年)9月1日に大地震(日光地震)があって葛老山(戸板山)が崩れ男鹿川と湯西川が土砂で堰き止められて湖(旧五十里湖)が出現し「会津西街道」の宿場である五十里村が水没した
葛老山(戸板山)の崩壊は、付近の人々の生活だけではなく、会津地方や栃木県北部の交通網の発達と後の歴史に大きく影響した
40年後の享保8年(1723年)に大雨により旧五十里湖が決壊し会津西街道が復旧する




また葛老山に戸板山尾根がぶつかる場所に峠道の跡があるという

葛老峠と呼ばれ、三依-西川-日向-(大笹峠)-今市を結ぶ脇街道があった







葛老山に興味が湧いたら

新たに登山道が整備された葛老山に登ろう






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