2月21日 旧粟野町上永野と旧葛生町秋山を塩沢峠を越えて結ぶ古道を歩いた

2008/2/21 星野の四季の森で山里の春を実感した後

永野川を北上し上永野の落合へ

この地区は現在でもこの先道路が行き止まり


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落合と旧葛生町秋山の原を結んでいた古道は

車社会となる以前には生活道だった

尾出山~高原山~不動岳と連なる山塊を塩沢峠で越していた


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峠への道は林道から


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林道が終わり山道に


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1時間程で峠へ


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ここが塩沢峠

首の落とされたお地蔵さんが立っていた


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廃仏毀釈による破壊か?



廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、廢佛毀釋)とは、仏教寺院・仏像・経巻を破毀し、僧尼など出家者が受けていた特権を廃するなど、仏教に対する攻撃を指す。

一般に「廃仏毀釈」と言えば、日本において明治維新後に成立した新政府が1868年(明治元年)3月に発した太政官布告神仏分離令、1870年(明治3年)の大教宣布など神道国教・祭政一致の政策によって引き起こされた仏教施設の破壊などを指す。

これは決して仏教排斥を意図したものではなかったが、結果として廃仏毀釈運動とも呼ばれる民間の運動を引き起こしてしまった。神仏習合の廃止、神体に仏像の使用禁止、神社から仏教的要素の払拭などが行われた。祭神の決定、寺院の廃合、僧侶の神職への転向、仏像・仏具の取り壊し、仏事の禁止、民間への神道強制など急速な実施のために大混乱となった。1871年(明治4年)ごろ嵐が収まったが、長い間回復は困難であった。






秋山側へ下りたかったが車に戻るのが困難になるので

秋山側は次の機会に・・・・・覗くだけにした




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