• 古道【会津中街道】を歩く・・・・・2020/08/20 那須
    2020/08/20 那須へ古道【会津中街道】を歩く三斗小屋宿跡~大峠 深山ダム湖白湯山林道の途中で進入禁止  沼原から麦飯坂を下って来た会津中街道に合流 三斗小屋宿跡 三斗小屋宿跡から望む茶臼岳 白湯山と刻まれた石燈籠 苦土川右岸を行く 苦土川の渡渉地点 中の沢左岸尾根を登る 中の沢渡渉地点 峠沢左岸尾根を登る 峠沢渡渉地点 大峠会津中街道出典: フリー百科事典『ウ...
  • 雨後の会津中街道は渡渉が厳しい・・・・・2014/6/15 那須
    2014/6/15 那須へ 板室から会津中街道跡を辿って大峠へ この道三度の渡渉が有り雨後の増水時は渡渉が厳しくなる 今回は深山ダム奥の白湯山林道から入り沼原から麦飯坂を下り湯川を渡渉してきた会津中街道との合流地点から大峠までを辿った 合流地点に立つ道標 三斗小屋宿跡入り口の手前に建つ道租神 三斗小屋宿跡に建つ大日如来像 三斗小屋宿跡の先にある『白湯山神社』 湯川に下ると那珂...
  • 宇都宮藩主が湯治に向かう際に通った?・・・・・2013/6/2 高原~塩原温泉へ
    2013/6/2 高原宿~塩原温泉への古道探索 江戸時代に会津への街道の宿であった高原宿 宿はずれに「左あいづ゛」「右ゆもと」と記された石塔が建っている 当時塩原への道は尾頭峠周りがあったのだが直接塩原温泉へ下る道もあったはず!! その道があったとすれば・・・・・・・赤川を何処かで越さねばならない!! それは何処か? 2013/6/2 爺は[きりんこ]さんの協力を得てその古道と思われる跡を発見!!&nb...
  • 古道・東山道を歩く・・・・・・2011/12/25 太平山南山麓陽だまりハイク
    2011/12/25 太平山南山麓陽だまりハイクに 太平山~晃石山の稜線を歩いた後 清水寺(せいすいじ) に下山 古道・東山道を歩き車を置いた大中寺へ戻る  古道・東山道  東山道は古代の五畿七道(ごきしちどう)の一つ 本州の内陸部を近江国から陸奥国に貫く地方およびそこに設けられた幹線道(街道)をさす 五畿七道とは、古代・律令制における地方行政区分都周辺を畿内五国(山城、大和...
  • 『洗心の滝』 と米屋久平さん・・・・・2011/5/26 塩原
    2011/5/26 塩原へ 『洗心の滝』を目指して沢沿いの急斜面を登ると 石の標識を発見!! 標識に従い左へ下ると 滝壺へ降り立つことができた♪ 帰路石標に戻り石標の刻字を確認 下山はこの道を下ってみた♪ 箒川が近くなった附近で道を見失ってしまったが・・・・・・ 約100年前に米屋久平さんが『洗心の瀧』への道を拓いたのだろう 米屋久平さんの御苦労を思いつつ 次回はこの道を使...
  • 日光の山中で見た先人達の踏み跡・・・・・2010/10/31
    2010/10/31 『第10回 山奥の写真撮影会』 で歩いて観たもの             ...
  • 那須・大峠と会津中街道・・・・・2010/9/2
    2010/9/2 奥那須へ 大峠は福島県と栃木県を標高1468mの高地で結ぶ峠である!!    大峠を越える会津中街道が開かれたのは元禄8年(1695年)     大峠は慶応4年(1868年)戊辰戦争の戦場になった!!  大峠から流石山への登り一帯は初夏には お花畑に♪   ...
  • 日光・霧降の古道『六方越え』を探索・・・・・2009/9/17
    2009/9/17 日光・霧降高原へ「六方越え」と称された古道は日光と栗山をむすぶ間道で古くより交易にも利用されていた 六方沢橋ができ霧降高原道路が開通すると歩く人も絶え道も藪の中に消えていった数年前その一部がハイキングコース「古道(戊辰の道)コース」として整備された爺は過去四回 2005/9/18・ 2006/11/2・ 2007/11/22 そして2008/5/22 古道『六方越え』を戊辰戦争・幕府軍敗走の140年後の同じ月日(新暦で)に霧降ノ滝駐車...
  • 出羽の古道・六十里越街道・・・・・2009/8/16 月山志津温泉
    2009/8/16 早朝 宿泊した月山志津温泉の付近を散策 今も残る古道・六十里越街道の一部を歩いた 出羽の古道六十里越街道山岳信仰の聖地として知られる出羽三山月山、湯殿山、羽黒山はそれぞれ、過去、未来、現在の三世の浄土を表すその昔、関東以北から大勢の参詣者が訪れ、「西の熊野、東の湯殿」と並び称された縁年である丑年の享保18年(1733年)には、都合15万7千余人もの参詣者で賑わいを見せたと記録されている その出羽三山...
  • 歴史的街道・『会津中街道』 三斗小屋宿跡~大峠が復活
    2009/7/26 山行きの計画が立たずに新聞を読んでいると・・・・「歴史的会津中街道を復活」の記事が目に入る 早速那須へ三斗小屋宿跡までは深山ダムからゲートまで車で入りゲート前に駐車歩くこと小1時間 このコースは以前にも何回か歩いてはいたが藪が道を覆い歩くのが難儀だった!お陰様で三斗小屋宿跡を起点とした奥那須の周回コースなどバリエーションが広がった♪ただ三斗小屋宿跡までの道が整備され開放されると良いのだ...
  • 尾頭峠越えの古道・・・・・上三依・旧塩原街道に残る遺構
    2009/4/30 『上三依水生植物園』から続く古道を歩く...
  • 群馬県桐生市石鴨に『双体道祖神』がありました♪
    2009/3/12 根本山に登りに行き『双体道祖神』に出会う 台座が亀の形になっている面白いものでした♪...
  • 栃木県には二つの『山王峠』
    2009/2/8 奥日光・光徳から『山王峠』へ奥日光の『山王峠』はそして栃木県にはもう1つの『山王峠』が会津西街道の福島県と栃木県の県境にある標高 906m の峠現在は「国道 121号線」が山王峠の下を 645mのトンネルで旧道は明治16年「会津三方道路」として整備された峠道そしてそれ以前から会津と江戸を最短距離で結ぶルートとして重要な道であった「下野街道」「南通り」「南山通り」などと呼ばれていた何時の日にか歩いてみたい...
  • 『正一位 氷室山神社』
    2008/11/24 栃木県佐野市秋山の氷室山神社へこれまでに何回か安蘇の山を歩き氷室山山頂にある氷室山神社跡に興味を持った氷室山神社は1384年氷室山の頂上に 信州から建御名方命(たてみなかたのみこと)を勧請して建立1719年正一位(しょういちい)を授かる「あそのあかべ」の伝説を持ち火災難除として信仰されるしかし、神社が険しい山頂にあるため氏子たちは明治42年(1909年)4月、秋山川を見下ろす字梅木に山神社・鹿島...
  • 娘が男根を抱いて!・・・・日光市・上三依で珍しい道祖神に出会う
    2008/07/31 上三依の水生植物園で睡蓮を見た後植物園に勤務する地元の方に尾頭トンネルができる以前塩原と上三依を結んでいた古道の話を伺ったその時道祖神の話題になり珍しい道祖神が直ぐそばにあることを聞くそれは植物園入口そばから塩原へと続く古道に入って直ぐの処にあった文政 6 年は西暦 1823 年にあたるその道祖神は何と娘が男根を胸に抱いているではないか!この姿態は全国でも珍しいものだそうだこの道祖神はもともと...
  • 昭和40年代の地図に日光霧降の古道 『六方越え』 の記載を発見
    2008/5/22 日光・霧降の古道 『六方越え』 を歩いた先日昭和40年代の地図を入手(コピーだが)古道『六方越え』の道が記載されていた ↑地図をクリックすると拡大できます『このコース山馴れた同行者要』とも記載されていた更に古い地図をお持ちの方見せて頂けたら・・・・・うれしい!!...
  • 日光・霧降高原道路と古道『六方沢越え』
    2008/5/22 日光・霧降高原の古道『六方沢越え』を歩いた現在では霧降高原道路の六方沢橋が沢を跨ぐ 六方沢橋 : 六方沢にかかる長さ 320mの逆ローゼ型アーチ橋標高 1434m、谷底からは 134mの高さ昭和 51年に完成勿論『六方沢越え』の渡渉地点は見えないが・・・・橋から約 1.8km 下流です 戊辰戦争の説明も 霧降高原道路からの景色は素晴らしい!...
  • 日光・霧降の古道『六方越え』を歩く・・・・・戊辰戦争・幕府軍敗走の道
    2008/5/22 古道『六方越え』を戊辰戦争・幕府軍敗走の140年後の同じ月日に霧降ノ滝駐車場から大笹牧場までを歩く慶応四年閏四月一日は西暦1868年5月22日霧降ノ滝駐車場に車を置きつつじヶ丘から大山へのハイキングコースを丁字ノ滝から古道コース(戊辰の道)へ鶯尾根はヤマツツジが満開ツメタ沢を渡り六方峯へ高原ハウスへの分岐を大山方面へすぐに古道分岐藪となっており分かりずらいしばらくは藪漕ぎそのうちしっかりした道形の...
  • 廃道となっている 『夕日岳新道』 は古道?
    2008/5/6 蕗平から夕日岳に登った『夕日岳新道』の現在の状況を報告する 登山口は蕗平にあったと思われるがその痕跡は見つからない神社の裏からが多いのだが 蕗平の鳥居の脇から林道がある夕日岳新道とこの林道の関係は判らない登山道を広げ林道としたのか?今回は林道を使い尾根に取り付いた三角点のあるP905 より先は尾根歩きとなり 『夕日岳新道』 のルートに間違いない所々に標識の残骸なのか杭が P1294 には立ち木にプレー...
  • 日光・鳴虫山(1104m)・・・・アカヤシオ満喫の古道ルートを紹介します(下り編)
    アカヤシオのピンクの花が山肌を赤く染める4月下旬から5月上旬の鳴虫山は登山者で大賑わいそんな喧噪を嫌う爺はこの時期忘れ去られようとしている古道ルートで静かな山歩きを一人楽しむ登りは中曽根ルート [ http://blogs.yahoo.co.jp/akijiiji/36162987.html]を紹介した下りは日光修験の道を神橋に降りるルート鳴虫山山頂(1104m)は大勢の登山客で賑わっているでしょうアカヤシオのピンクの花の間からは表日光連山の眺望が素晴...
  • 日光・鳴虫山(1104m)・・・・アカヤシオ満喫の古道ルートを紹介します(登り編)
    アカヤシオのピンクの花が山肌を赤く染める4月下旬から5月上旬の鳴虫山は登山者で大賑わい そんな喧噪を嫌う爺はこの時期忘れ去られようとしている古道ルートで静かな山歩きを一人楽しむ登りは中曽根ルート 志渡淵川の河原に駐車沢が二俣になる中央の尾根を登る日光宇都宮道路の神主山トンネルと鳴虫山トンネルの間の尾根だよく探せば道は見つかる30分程登るとこのルート唯一の石の道標・・・・かなり古いものと思われる 道標...
  • 沢入(そうり・群馬県みどり市)より『根本山神社』への参詣道はあった?
    2008/3/23 群馬県沢入より黒坂石川の上流へ根本山登山口より三境山との尾根に登り根本山山頂に達したしかし「根本山信仰」が盛んな時期には直接神社への道があったとしても不思議ではない!そこで地図上でそのコースを想定し検証した 現根本山登山口の手前にある「きんごろう橋」から沢沿いの林道を行くと また「一本欅橋」が懸かっている林道はその先で終点となる 沢に降り沢沿いに上るここには道形は見られない暫くいくと谷が狭...
  • 3月9日 栃木県佐野市飛駒から根本山への古道を探査
    2008/3/9 佐野市飛駒の黒沢の県道終点に道路脇に建つ石碑があった その石碑をよく読むと ここから左へ根本山への道があるというのだ 始めは大丈夫そうな林道だったが次第に悪路に・・・・そして・・・・もう無理! 車を置き更に林道を歩くところどころガケが崩れ道が流され・・・・林道が終わり山道へ彦間川の源流部・黒沢西川に沿って渡渉を繰り返し丸岩岳へ登っていく 道形は結構しっかりと残っている腐って落ちそうな丸太橋落ち...
  • 2月21日 旧粟野町上永野と旧葛生町秋山を塩沢峠を越えて結ぶ古道を歩いた
    2008/2/21 星野の四季の森で山里の春を実感した後永野川を北上し上永野の落合へこの地区は現在でもこの先道路が行き止まり 落合と旧葛生町秋山の原を結んでいた古道は車社会となる以前には生活道だった尾出山~高原山~不動岳と連なる山塊を塩沢峠で越していた 峠への道は林道から林道が終わり山道に1時間程で峠へ ここが塩沢峠首の落とされたお地蔵さんが立っていた 廃仏毀釈による破壊か?廃仏毀釈(はいぶつきしゃく、廢佛毀...
  • 笹薮に消えた古道「日光高原歩道」の探査(中間)報告
    2005/8/15・2007/12/6 日光高原歩道の探査1970年代の地図にはその存在がハッキリ示されている 志津道・栗山道そして女峰山登山道を高所で結ぶ道としての日光高原歩道交易にも利用されていたと考えられる女峰山登山道との交差点と思われる水呑 現在霧降高原道路の高原歩道入り口から稲荷川まで霧降高原歩道としてハイキング・コースになっている それ以外は笹薮に消えてしまった志津から高原歩道入り口を結ぶ道を何時の日か歩きた...
  • 日光の古道 「六方越え」 の探査報告
    2005/9/18・ 2006/11/2・ 2007/11/22 の3日にわたり日光の古道「六方越え」を探査した「六方越え」と称された古道は日光と栗山をむすぶ間道で古くより交易にも利用されていた六方沢橋ができ霧降高原道路が開通すると歩く人も絶え道も藪の中に消えていった数年前その一部がハイキングコース「古道(戊辰の道)コース」として整備されたしかし六方沢を越える核心の部分は依然藪の中である今回の探査では六方沢を越え大笹牧場までをほ...

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